11月28日

もう武器はこりごりだ、だからといって、まさか歯や爪で、というわけにはいくまい。おかしい。しかし、核兵器は地球が壊れるだろうから、いやだ、だから通常兵器などの武器で戦争をやろう、という論理は、本当はおかしい話なのに、ありうるのがおかしい。核兵器関連の“手打ち”の比較的前後に超大国の侵攻があった、かもしれない。

外交上“手打ち”の確証など実はあるのかもしれないけれども、ともかく1979年のSALT IIが6月調印、ソ連のアフガン侵攻が同年12月と、約6ヶ月の間隙。1991年の湾岸戦争が1月、戦略兵器削減条約(START I)同年7月に調印と、約6ヶ月の間隙。2002年の戦略攻撃戦力削減条約(モスクワ条約)が5月に調印され、2003年の 3月にイラク戦争があり、約10ヶ月程度の間隙。ちなみに、1972年の戦略兵器制限交渉(SALT I)は5月に調印、翌1973年10月に第四次中東戦争が起こり、これは1年5ヶ月も間があいてしまっている。イョォオーーッ(シャン*9+シャンッ*1)*3!?

不真面目な比喩で真面目な話をするのだけれども、ごくまれに聞かれる極端な戦争what ifでこういうのがある。国家同士の戦争は、大統領や首相といった、国の代表者が、金網張った六角形やら八角形やらの試合場の中で、1対1で死闘を尽くせばいいじゃないか、というもの。国民主権の建前?がとられているのに、何千や何万の戦争被害が生じても、国の代表者が勝った者としてほめられることがあるじゃないか、と。真の意味の?下馬評で、あの人は諜報機関出身で日本のジュードー、やってましたよ、とか、あの人の入れ歯は危険ですよ、黒子だけじゃなくてかたみみくらい食いちぎられますよ、とか。視聴率上がって儲かるんだな。やけにローマやアメリカ的すぎる。相撲を思い出せるのならそうしてほしいものだ。

総力戦としてかなりの人数集める時代と、祖先たる生物や古代部族との間の時間、古代・中世・近世等の歴史年代の多くの戦争形態がある。例えば、現代よりは相対的に少数の傭兵などの軍隊で、合戦場の位置を駆け引きし、場所が決まってしまったら、陣形を組むなどし、殲滅戦を許す状況でないかぎり、損害がひどくなったら停戦か。考証が変?ともかく、スポーツなどではなく、その当時の最新鋭の戦争機械を用いていた、当時最も残酷な戦争であるに違いないのに、交戦法規が遵守されたり、敵にさえ儀礼が払われたりする事例に、動物でなく人間ならばあるとされる人間的理性や品性が、本能的衝動や蛮性の海の中にときたま見え隠れするように思えるのは、ただただ後世の美談であり、タイム・ワープして意図せぬプロパガンダを受けぬに限るか。それとも、日本に個の確立があらなんから、そう見えてしまうのか。それとも、殺し合いの最中にルールを護ってしまうおろかさにこそ、賢さの希望があるからなのか。

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2012-04-28
NSNSの発表記事を扱った匿名掲示板から引用。
これからは、日本は核兵器“開発の手段を維持する”ようにしていた、ことは言ってもいいことになったのだろうか。

やはり日本の原発は核開発目的だった!!米政府 日本の軍事プルトニウム備蓄を支援・容認!!開発担当窓口は電力各社(米NSNSスクープ)
April 9th, 2012
http://www.dcbureau.org/201204097128/national-security-news-service/united-states-circumvented-laws-to-help-japan-accumulate-tons-of-plutonium.html
米国の国家安全保障問題専門通信社のNSNS( National Security News Service)は9日、米国のレーガン政権が核技術などの国外移転を禁ずる連邦法(カーター政権下、制定の原子力法)をなおざりにし、日本が原子力の平和利用の名の下に、核兵器の材料となる軍事級のプルトニウムを70トンも備蓄するのを手助けしていたことを明らかにする、1991年以来、20年がかりの 調査結果を報じた。
それによると、米側は日本が1960年代から核開発の秘密計画を保持しているのをCIAなどの諜報活動で確認していながら、米国内で頓挫したプルトニウム増殖炉の設備や技術の日本への移転を認めるとともに、国防総省の反対を抑え込んで、英仏からの再処理プルトニウム海上輸送を容認さえしていたという。

米国のCIA、NSAは盗聴など諜報活動により、日本政府は1969年、トップレベルで、「必要とあらば、外国からどんなに圧力をかけられようと、 核兵器開発の技術的・財源的な手段を維持する」秘密決定していたことを知っていたが、CIAはこの日米秘密合意から干されていたという。
合意された日米協定は、日米の科学者が5年間にわたって研究協力を行ない、米国から輸出された核燃料(の再処理)について、30年間にわたり、日本のフリーハンドを認める内容。日本が米英の再処理施設に委託して使用済み核燃料から抽出したプルトニウムを日本まで輸送することも同時に認められた。
このプルトニウム輸送については国防総省がハイジャクなどを恐れて洋上輸送に反対(一時、空輸も検討)したが、国防総省内の知日派などが動いて、容認されることになった。